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145話 説明する人、憤る人

last update Last Updated: 2025-05-13 12:42:00

「あ! いらしたぞ!」

「マイスター伯爵だ!」

「伯爵! お話聞かせて下さい!」

「ベアトリス様と結婚されるのですか!」

記者たちはルシアンが門に近付くと、一斉に質問を始めた。

そこでルシアンは声を張り上げた。

「皆さん! 落ち着いて下さい! こんなに大騒ぎされては話も出来ません!」

するとルシアンの声に記者たちは一斉に静かになる。

「よろしいです、皆さん。落ち着かれましたね。ではお話いたしましょう……」

そしてルシアンは真実を全て語った。

2年前まではベアトリスと恋人同士であったこと。しかし、本格的なオペラ歌手を目指したいからと、手紙だけで一方的に別れを告げられたこと。

それからずっと音信不通だったが、今回昨夜のレセプションで偶然再会したこと。

そして、ベアトリスが一方的に自分の婚約者だと言ってきたこと全てを。

すると次々と記者達が質問を投げかけてきた。

「では、世界の歌姫の婚約者ではないということですか?」

「ええ、当然です。彼女が『デリア』に来ていることを昨夜初めて知ったくらいですから」

「2年前から、本当に一度も連絡をとりあっていなかったのですか?」

別の記者が尋ねてくる。

「勿論です。こちらは彼女が何処にいたのか、知りもしなしなかったのですから。それどころか、こちらは大迷惑です。第一私にはもう、かけがえのない女性がいます。ですが、相手は一般人なので口にすることは出来ませんが」

その言葉に記者達がざわつく。

「わざわざご足労いただき申し訳ありませんが、私の口からこれ以上皆さんに伝えることはありません。とにかくはっきり申し上げますが、私とベアトリス令嬢はとっくに終わった仲です! もうこれ以上関わるつもりは一切ありません! ですが……歌姫として、今後の活躍を期待しています。……以上です」

ルシアンは笑顔で記者たちを見渡した――

****

 一方、その頃――

「何ですって!? イレーネ嬢はこちらにいらしていないのですか?」

ブリジットの屋敷のエントランスにリカルドの声が響き渡る。

「ええ、そうよ。生憎イレーネさんは来ていないわ」

「そうですか……」

肩を落とすリカルドに、ブリジットが苛立ち紛れに言い放った。

「それにしても、一体これはどういうことなの!? ルシアン様の婚約者があの歌姫のベアトリスだなんて!」

ブリジットは丸めた新聞紙を手に、憤っている。

「はい、
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  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   139話 運命のレセプション ⑦

     会場に戻ると、もう既にうるさい記者達の姿はいなくなっていた。「イレーネ……どこだ……?」ルシアンは必死で探し回るも、何処にも姿は見えない。するとそこへ声をかけてくる人物がいた。「マイスター伯爵」「あ、あなたは……ガストン卿!」彼は重要な取引先企業の社長だった。「一体、先程の騒ぎは何だね? 随分記者達に取り囲まれていたようだが……まさか君の婚約者が、あの世界の歌姫のベアトリス令嬢だとは思わなかったよ」「いえ、彼女は……私の婚約者ではありません。2年前に終わった仲です。今の婚約者は別の女性です。……美しくて、控えめながらも朗らかな女性で……とても大切な存在です」ルシアンの脳裏に、笑顔を見せるイレーネの姿が浮かぶ。「マイスター伯爵……余程その女性のことを愛されているのですな」「そうです、その彼女とはぐれてしまって……なので、申し訳ございません! 彼女を……イレーネを捜さなくてはならないので! 失礼します!」ルシアンはそれだけ告げると、急いでその場を後にした。(ガストン卿も、あの騒ぎを知っていた……ということはイレーネにも見られてしまった可能性がある!)そのことを思うと、ルシアンの胸は痛んだ。(一緒に会場に入り、婚約者として紹介されるはずだったのに……あんな場面を見せられてはどれだけ……傷ついたことだろう……!)そこで、ふとルシアンは足を止めた。「そうだ……イレーネは……最初から俺のことを単なる契約相手としてしか見てくれてはいなかったんだ……だったら、何とも思うはずは……」急に虚しさが胸に込み上げてくる。(それでも今はイレーネを捜して……きちんと説明しなければ! そして今更だが……自分の本当の気持ちを彼女に告げなければ……!)再びルシアンは走り始めた。けれど会場内をくまなく探すも、イレーネは見つからない。「はぁ……はぁ……い、一体イレーネは何処に行ったんだ……?」もはや、レセプションどころではなかった。以前のルシアンなら、イレーネを後回しにして挨拶周りをしていたかもしれない。だが、今自分の心を占めているのはイレーネだけだった。「こんなに捜してもいないということは……先に帰ってしまったのだろうか……?」だが、勝手に帰るような性格の女性ではないことをルシアンは理解している。「そうだ、受付に行って聞いてみよう」思い立っ

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   138話 運命のレセプション ⑥

     ルシアンはイレーネがケヴィンと供に会場を去ったことを知らぬまま、大勢の人々からもみくちゃにされていた。しかも運の悪いことに、新聞記者達も数多く集まっていたのだ。「ベアトリスさん! こちらの方が恋人なのですか!?」「お相手は以前から噂のあったカイン氏ではなかったのでしょうか!?」「お二人は遠距離恋愛中だったということですね?」記者達の不躾な質問にルシアンは反論した。「はぁ!? さっきから君たちは一体何を言ってるんだ! 俺と彼女は……!」すると、場馴れしたベアトリスが笑顔でルシアンの口元を押さえた。それだけで記者たちは歓声を上げる。「皆様、どうか落ち着いて下さい。彼はルシアン・マイスター伯爵。一般人ですので、この様な取材には慣れていないのですから」「ベアトリス! 君は一体……!」なおも反論しようとすると、ベアトリスは一歩前に進み出てきた。「私からご説明致します。私と彼は恋人同士でした。ですが2年前に理由あって離れ離れになってしまいました。ですが、私はずっと彼を忘れたことはありませんでした。私は彼に対する想いを舞台で歌い、演じてきたのです。今回『デリア』でオペラを上演することになり、こうして彼に再会出来たのも運命だと思っております!」世界の歌姫として名を馳せるベアトリスの声は会場内に良く響き渡った。当然、ルシアンが今回挨拶を交わす予定だった取引先の社長達の耳にも。もはや、ルシアンは顔面蒼白になっていた。(な、何てことをしてくれたんだ……! もうこれ以上……我慢できない!)「来るんだ! ベアトリス!」ルシアンはベアトリスの腕を掴むと、強引に人混みをかき分けて逃げ出した。「通してくれ! そこをどいてくれ!」「ちょ、ちょっと! ルシアンッ!?」「あ! 逃げないで下さい!」「まだ聞きたいことが沢山あるんですよ!」ルシアンはベアトリスを連れて追ってくる記者たちを必死にまくと、レセプション会場の中庭まで逃げてきた。「はぁ……はぁ……こ、ここまで逃げてくればいいだろう……」息を切らせながらルシアンは会場を振り返った。「アハハハハハハ……ッ。懐かしいわね。私達、良くこうしてゴシップ記者から逃げ惑っていたのを思い出さない?」ベアトリスは面白そうに笑う。「笑い事じゃない、それに生憎俺は思い出話に浸る予定なんかないんでね。一体どういうつ

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